高田知弘 日領会代表ブログ

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ベトナム戦争における支那と韓国の大罪

支那が横暴の限りを尽くしている南支那海。

中心となって抵抗しているベトナムは、
米軍と支那軍に侵攻されながら撃退した世界で唯一の国である。

しかも、初期にはろくな武器はなく、靴さえなかった。
タイヤのチューブを切って作ったホーチミンサンダルを
履いていたのはよく知られている。

まず第二次大戦後、植民地にされていたフランスからの独立を求めて
1946年から1953年までの激戦を戦い抜き、ついにフランス軍を壊滅させた。

米軍に勝ったのは、言うまでもなくベトナム戦争。
1960年から1975年のことである。

次に1979年。支那が60万人の軍隊を動員し、
10万人をベトナムへ侵略させた。
対するベトナム軍は3万人。
比較にならない劣勢であったが、なにしろ数十年にわたって
戦ってきた歴戦の軍隊である。
支那軍は大損害をだして1か月ほどで撤退せざるをえなかった。

これだけの戦争を勝ち抜いた国は他に類を見ない。

このベトナム、実は韓国とも戦っている。
もちろん、ベトナムが侵略したわけではなく、
米軍の求めに応じた韓国がベトナムへ派兵したのだ。

この韓国軍が暴虐の限りを尽くした。

1965年12月22日、韓国軍はビンディン省クイニョン市の村を急襲し
12歳以下の子供や妊婦を含む50人以上の村民を虐殺した。

韓国兵は2歳の子供の首をへし折って殺害し、
別の子供は木に投げつけられ殺害後、焚き火に放り込まれた(韓国誌)。

韓国兵は現地女性を見れば強姦し、凌辱の末、焼き殺すこともあった。
殺害を免れた女性たちの中には「ライダイハン」と呼ばれる
戦争犯罪の落とし子を身籠る者も多数いた。

しかし韓国は反省などしない。

そればかりか、2009年の李明博政権はベトナム帰還兵を称えるため
「国家有功者優遇法」の改正を急ぎ、ベトナム政府の逆鱗に触れた。

韓国の大統領はベトナムへの国賓訪問を一時拒否されるなど
異例の事態を引き起こしたが、未だに韓国政府は戦争犯罪を償っていない。

告げ口外交の朴槿恵大統領も全く同じである。

極悪非道の限りを尽くし、歴史を直視せず
反省しない国はどこか。
それが韓国であることは言うまでもなかろう。
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