高田知弘 日領会代表ブログ

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外国人参政権など問題外


外国人に参政権を与えないのは差別だ、などという
暴論を述べる勢力やそれを擁護するかの報道をするメディアが
あるが、いかに馬鹿げているかを考えてみる。

まず「差別」という言葉を辞書で引いてみた。

大辞林(第三版)によると、大きく2つの意味が記載されている。

① ある基準に基づいて,差をつけて区別すること。
扱いに違いをつけること。また,その違い。

② 偏見や先入観などをもとに,特定の人々に対して
不利益・不平等な扱いをすること。また,その扱い。

外国人問題において使われる「差別」とは主に②の意味で
用いられていることがほとんどであると思われる。

私も②の意味での差別には反対である。

しかし、①の意味の差別(ここでは「区別」という)は、
基本的に悪いことではない。

物事にも人間にも、全て「違い」がある。
その「違い」を認めて尊重することも、ある意味「区別」であるからだ。

外国人に参政権を与えないというのは、単なる「区別」である。

それも国際慣行や国際標準に何ら反することのない、
いわば当たり前のルールだ。

国連加盟国192カ国のうち、
国政レベルの投票権を国籍制限なく
居住外国人に与えている国は、
たった4カ国しかない。

割合は2%にも満たない。

地方選挙への投票権を与えている国も24カ国、1割強だ。

要するに、外国人参政権を与えている国は、
極めてまれな、「例外」でしかない。

しかし外国人参政権を主張する勢力は、
外国人に参政権を付与しない日本が、あたかも、
閉鎖的で、差別主義的であるかのごとく喧伝している。

全くの非論理、お笑い草だ。
日本人と外国人を「区別」する。
これのどこが悪いのか?

「区別」しなければ日本という国家自体が
存在しないことになる。

参政権というのは、国家主権の行使そのものだ。

その主権者は誰であるか?

当然、日本国民である。


外国人参政権という言葉自体が、
多いなる矛盾をはらんでいることに
お気づきだろうか?

逆の言い方をすれば、参政権が欲しいなら、
帰化して日本国民になればよい。

それなら誰も文句は言わぬ。
大手を振って、投票に行けばよい。

日本は一党独裁の支那と違って、民主主義国家なのだ。

民主主義国家である以上、
帰化した国民が、内閣総理大臣にも、防衛大臣にも
なれる可能性はゼロではない。
(個人的にはそんな悪夢は想像すらしたくないが)

ところが、とんでもない法律がある了見の狭い
差別国家があった。

アメリカだ。

アメリカは、帰化したアメリカ合衆国民には
大統領の被選挙権を与えていない。


すなわち、同じ合衆国民であり、納税もし、
国民の義務を果たしていても、帰化した人間は、
大統領になれる可能性はゼロである。

これこそが、まさに「差別」ではないのか?
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