高田知弘 日領会代表ブログ

大衆保守運動グループ「日本領土を守る会」代表 高田知弘が運営する公式ブログです。

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支那の論理なき領土主張

海洋進出と領土拡大を強引に推し進める支那。

自衛隊機に対して異常接近を繰り返し、
挙句に自衛隊機の方が先に異常接近したなどというでっち上げを高言した。

彼らが示した写真は明らかに無理に引き延ばしたもので、
撮影日時すら明らかでなく、
自衛隊幹部も「なんでこんな嘘バレバレの写真を出すのか理解できない」
と呆れるほどだ

ベトナムに対しても、「ベトナム船の方が先に体当たりしてきた」
と逆に因縁をつけている。

支那は何百隻もの艦船を出動させておいて数で圧倒しているのだ。

強盗の居直りにしても無理がありすぎるのではないか。
支那人に染みついた中華思想と共産党の強権体質を考えあわせても、である。

そこで考えられるのが「在外同胞」の存在である。華僑だ。

現在、東南アジアに住む華僑・華人の総数は約3508万人。
うち、シンガポール、マレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアの5カ国に
住む華僑・華人だけで約3000万にもなる。

しかも、華僑の経済的実力や政治的立場が根本的に
変化するにつれ、支那文化が東南アジアに大きな影響を
及ぼすようになっているという。

例えば、インドネシアで春節(旧正月)が国の休日となっているほか、
マレーシアには華人学校が1000校以上あり、第一言語として中国語を教えている。

いうまでもなく、華僑は経済の実権を握っている。さらに政界にも華僑は多い。

タイのタクシン元首相兄妹、フィリピンのアキノ大統領、
ミャンマーのネ・ウイン元首相、テイン・セイン大統領らは華僑系とされる。
シンガポールに至っては人口の73%が支那系で、
リー・クアンユー元首相ら政治家のほとんどが華僑系だ。

例外はベトナムで、中越戦争後に100万人以上の華僑を
国外追放したといわれるが、それでもまだ100万人以上が残っている。

だから、支那は東南アジアを支那圏だと思っているのだろうか。

しかし、それには無理がある。
華僑は政治の建前より実利に敏感だし、
時代とともに本国への意識は薄れる。

支那はマレーシア領のボルネオ島から沖に約80キロ離れた場所にある暗礁に
「主権宣誓活動」を行い、マレーシア政府を驚愕させた。

80キロというと、東京から小田原程度の距離である。
一方、支那からは1800キロ離れている。東京―鹿児島間の2倍以上である。

さすがにマレーシア政府はベトナム、フィリピンとの連携を強めつつある。
おごれるものは久しからず、である。

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コリアバッシングからコリアパッシングへ

日韓関係はこのところ良い方向に転がり始めたのではないか。
無論ブラックジョークではない。

韓国の新首相選びがもたついているのも、
他国のことで関係はない。

ヤメ検が半年で3億円稼いだり、元記者が数年前の発言を
問題にされたり。首相を選ぼうというのだから、
そんな問題点は事前に分かり切っているはずなのに、
朴槿恵という人はドツボに嵌ったように見える。
素人でもこんな政治はしないだろう。

問題にする側も、些細なことでもすべて駄目、
という日本の左翼と同じような小児病ではある。

しかし、それも日本には関係ない。

実はいい方向と思うのは、こういった韓国のドタバタに
マスコミも含めて日本人が余り関心を示さなくなっていることだ。

新聞各紙の扱いは小さい。
テレビはほとんど取り上げていない。

日本中に韓国とは付き合いきれないという気分が
ひたひたと満ちてきているのではないか。

嫌韓というレベルを超えて、
もうこの人たちとは絶対に話が通じないということだ。


韓国を訪れた日本人は2012年に351万人と
過去最高を記録したが、嫌韓ブームが高まった昨年は
うってかわって、274万人に減少している。

実に22%の大幅マイナスである。
今年第一四半期も21%減で、昨年よりさらに落ち込んでいる。
大打撃である。

さらにマクロ経済を見てみよう。

韓国は輸出入がGDPの半分を占める
世界でも異例の貿易依存国である。

2013年の日韓貿易の総額は947億ドルで、
双方にとって第3位の貿易相手国だが、

韓国との貿易で生まれる日本の黒字は253億ドルで、
割合にすれば、全体の0.35%に過ぎない。

韓国にとって日本は、非常に大事なお客様だが、
日本にとってはどうということもない。

具体的に何を輸出入しているかというと、
例えば韓国はスマホの部品を日本から輸入して
組み立てたうえで輸出している。

これが無くなれば、サムスンは壊滅的な打撃を被るだろう。

サムスンは韓国GDPの2割近くを占めるいびつな経済である。
どうなるかはいうまでもない。

一方、日本はサムスンのスマホが無くなっても何も困らない。

国産製品のほうがよっぽど優れている。

韓国の反日キャンペーンは韓国人特有の感情の迸りである。
その結果がどうなるかなど論理は何もない。

頭のおかしい隣国など、ほっておけばいいのだ。
誰が言い始めたことでもなく、日本人はその方向に歩みだしている。

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支那の欺瞞と悪夢

支那の習近平の看板政策をご存じだろうか。

「中国の夢」(チャイニーズドリーム)。

昨年3月、習近平が国家主席就任演説の時に
何度も繰り返した言葉であり、
「国家の富強、中華民族の復興、人民の幸福の実現」を唱えているものである。

習はオバマ米大統領に対しても「中国は断固として平和的な発展の道を歩み、
改革を深め、開放を拡大することで、中華民族の復興という“中国の夢”の
実現に取り組み、人類の平和・発展という崇高な事業の促進に努める」
と大見得を切った。

さらに、「“中国の夢”は、平和・発展・協力・ウィンウィンの夢でもあり、
“アメリカンドリーム”を含む世界各国の国民の夢と相通じる」とまで述べた

よく言ったものである。

ところが、その後はこの言葉はさっぱり聞かれなくなった。
なぜなのか。

キーワードは「中華民族の復興」という表現であろう。

2世紀続いた弱小後進国という屈辱を脱して、
支那の栄光を取り戻すという妄執が込められている。

しかし、この「中華民族」という言葉自体が実態のないものだ。

国際常識で漢民族や満州族、ウイグル族はあっても、
中華民族などない。

支那自身が「中華民族とは支那共産党が認めた
支那の国籍を持つ人間」と訳の分からない説明をしている。

もちろん、国籍と民族は別の話だ。

では、なぜ「中華民族の復興」を唱えなくなったか。

それは、この言葉が支那の内憂外患の象徴となったからだ。

内憂は、もちろん新疆ウイグル自治区だ。

ウルムチでは数百人が死傷する爆発事件が続発している。

支那語教育を押しつけたり、宗教活動を制限したりするばかりか、
女の子のスカーフさえむしり取る。
強硬路線が少数民族の深い怨みを買っている。

共産党が力めば力むほど、復讐の連鎖を招くだけだ。

さらに外患は領土問題だ。

一方的に宣言する、威嚇する、威張り散らす、暴力を振るう。

縄張りを狙う暴力団と同じである。
深く説明するまでもないだろう。

帝国主義に抵抗して誕生した(と自称している)共産党が、
自ら帝国主義の象徴になってしまった。


この矛盾を象徴する言葉が「中国の夢」である。

思い描いた夢のうち、着々と実現しつつあるのは、
「世界の軍事大国になる」ことだけである。

支那は面子にこだわるので、内外への強硬姿勢は変えられまい。

ロシアのプーチンは軍事上、死活的に重要なクリミアを手に入れた後は
のらりくらりの姿勢に変わったが、習近平はそれすらできない。


「中華民族の夢」などという悪夢は、
世界がこぞって阻止しなければならない。


支那が身勝手な夢を声高らかに唱えることが
できる日は二度と来ないであろう。

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漢字を捨てた韓国の没落

文化の基本は言葉であり、言葉の基本は文字である。
文字について考えてみる。

日本語は支那の影響を強く受けている、という人がいる。
もちろん、漢字は支那から伝わったものだ。

しかし、日本人は遥か昔から独自の言語である大和言葉を使っていた。

支那の言葉とはそもそも文法が全く違う。
支那語の文法はどちらかというと英文に近い。
ここを混同してはいけない。

大和言葉を表現するにあたって表意文字である漢字を取り入れ、
さらに独自に平仮名や片仮名を発明したのだ。

だから、日本語には日本人の知恵と
感性と文化と歴史が詰まっている。
1000年以上の時をかけて磨き上げてきたものだ。

その美しい日本語表記を全面的に廃止しようとする動きが、
明治以来昭和に至るまで、政府や文化人の間に根強くあった。

年代別に並べてみよう。

慶応2年  
前島密が「漢字廃止論」を唱える。漢字は煩雑すぎるという考えだ。

明治5年  
森有礼が日本語を廃止して英語を自国語にすべきだと論じる。
後の文部大臣である。恥ずかしいことに、
相談した相手のエール大学教授に反対されている。

明治7年  
西周がアルファベット表記を提言

明治33年
原敬が「漢字減少論」を提案。
後の総理大臣が、である。

昭和21年
志賀直哉が「世界で最も美しいフランス語を国語に使用」と提案した。
彼の小説はなんだったのか。狂気の沙汰としか思えない。

しかし、日本語はローマ字化もされなければ、
かな文字だけにもされなかった。

理由は、意味が分からないからである。

例えば「katta」と表記すれば、関東では「買った」になるし、
関西では「借った」になる。ローマ字表記はただの記号に過ぎない。
言語文化からほど遠い。

実は支那でも大戦後にローマ字化の動きがあったのだが、
簡体字を採用したのにとどまっている。理由はおなじである。

では、ただの記号を採用した国はないのか。
それがあるのだ。

ハングルを使う韓国である。


これは重大なことだ。韓国人の欠点は歴史資料や基礎研究など
緻密な分析や論理的思考ができないことだと言われる。

ハングルを見ても頭の思考回路が動き出すことはない。
記号なのだから。

韓国にも漢字はあるにはあるが、実質的には使用されていない。
ほとんどの韓国人は、自分の名前を漢字で書けるか書けないか
というレベルである。

漢字を捨てることにより、知的水準も堕ちた韓国。
それでも韓国は「ハングルは世紀の大発明」と言い張る。

なんとおめでたく、そして論理的思考ができない国なのか。
呆れてものも言えない。

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